5 道 元 (1200~1253)

 


~名誉や利益を考えずに修行に打ち込んだ鎌倉時代の貴族~




 道元は 「貴族」 じゃなくて 「僧」 だろう、という声が聞こえてきそうです。



 確かに13歳で出家してからは生涯 「僧」 として生き、後に曹洞宗(そうとうしゅう)の開祖として有名になりましたが、実はそれまでは貴族だったのです。




 一説によると父親は内大臣・久我通親(こがみちちか)、母親は藤原基房(ふじわらもとふさ)の娘伊子(いし)です。


 朝廷で大きな力をふるう貴族であり、幼少の道元は何不自由のない恵まれた生活をすることができたのではないでしょうか。




 ところがこれは長続きしませんでした。


 3歳のときに父を、8歳のときに母を亡くしたのです。




 このとき道元は世の無常を感じたといわれます。




 貴族社会にもきびしい身分の格式があります。

 権力を背景にした優雅な生活から一転して、みじめな状況におかれることになりました。




 権力では人の幸せはいつまでも続かない、そのむなしさを身をもって体験したのです。


 本当の幸せとは何かを求めて仏教の門をたたいたのではないでしょうか。




 僕が道元の生き方に注目している理由は、世俗的な権力とそれにともなう差別意識から解放されているからです。


 仏教やキリスト教などもそうですが、宗教的な権力をふるいたがる人は歴史上たくさんいます。




 でも道元は名誉や利益などは一切考えませんでした。




 鎌倉幕府から寄進の申し出があった寺院建立を固辞しています。

 権力との結びつきを避け、純粋にシャカの修行にならい、ひたすら座禅に徹することを重視しました。




 同時に、男女の差別や身分の差別などを否定しました。


 このことから、道元は女性解放の先達ともいわれています。




 多少の知識、学歴、社会的地位があるからといって、それを鼻にかけることなく、謙虚に日々学ぶ心は大切ですね。


 彼は



 「人の価値は地位、財産、職業に関係ありません。

 知識や能力を生かす心と行いこそが大切です」



 と言っています。



 「からの容器ほど大きな音をたてる」

 という道元の言葉は、このことを凝縮していますね。




 また、食事に関しては


 「米、野菜、肉、魚など、命のおかげで私たちの命も生かされています。




 いただきます、ごちそうさま、尊い命に感謝して食事をいただきましょう」


 とも言っています。




 感謝の気持ちを忘れずにいれば、どんな食事でもおいしくいただくことができると思います。


 大切なことは、 「おいしい」 食事をいただくことではなく、 「おいしく」 食事をいただくことではないでしょうか。




 僕は高校生の時に、このことを徹底的にたたき込まれたことを今でもよく覚えています。

 たまたま偶然でしたが、僕が生徒として通っていた高校は、設立の母体が曹洞宗でした。




 道元の教えですね。




 仏教精神が教育の基本にあったのです。

 毎日 「食事訓」 と称して、昼食をとるときに5つの短い訓示を唱えていました。




 その中の一つがこの 「感謝の心」 です。




 また、学校行事の一つとして、福井県の永平寺まで行って宿泊してきました。

 午前3時にたたき起され、即座禅を組んだのです。




 とにかく理屈抜きで足が痛い。

 「なんでこんな目にあわんきゃならんのだ」




当時16歳だった僕は反感をいだきました。

ところが、成人した今となっては、むしろその貴重な体験に感謝の気持ちのほうが強くなっているのが不思議です。




 道元の考え方は当時の比叡山をはじめとする旧仏教各派から受け入れられず、さんざん迫害されました。

 最初に立てたお寺である興聖寺(こうしょうじ)などは破壊されています。




 その宗教的差別を乗り越えて、自分の信念に沿ってまっすぐに修行した道元の理解者は、今も増え続けているのではないでしょうか。
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