7 ピカソ (1881年~1973年)




~ファシズムから自由を守るために立ち上がったスペインの画家~




 僕が初めてピカソの絵を見たのは、小学生の時だったでしょうか。



 大いに戸惑った記憶があります。

 なぜこれが名画と呼ばれているのか、さっぱり理解できませんでした。



 ピカソは現在でも世界の美術史に残る大画家として、その名はあまりにも広く知られています。


 同時に、基本的人権の視点からも、世界史に残る大切な人物ではないでしょうか。



 僕が勤めた中学校で使用されていた歴史や美術の教科書では、ピカソの顔と作品が、カラーで大きく取り上げられていました。



 彼はスペイン南部のマラガに生まれました。

 20世紀美術の最も重要な革命の一つである 「キュビズム」 の創始者であるといわれています。



 キュビズムは立体主義とよばれ、色彩を重視せず、形態を強調して立体的に描写するものです。

 ピカソが絵画を通して闘ったのは 「ファシズム」 ですね。



 軍事力を用いた独裁政治です。



 ヨーロッパではドイツのヒトラーやイタリアのムッソリーニが有名ですが、ピカソの祖国スペインも、このファシズムによる人権侵害にさらされることになります。



 世界史上 「スペイン内戦」 と呼ばれる出来事がそれです。

 1937年、スペインのフランコ将軍の軍隊を支持するドイツ空軍とイタリア空軍が、スペイン北部のゲルニカの町を爆撃しました。



 罪もない人々が1600人以上も殺されたのです。

 とんでもない、大事件ですね。



 ピカソはこの事件に大きな衝撃を受けました。

 爆撃への抗議をこめ、ファシズムの暴虐さを世界に訴えるために描いた作品が有名な 「ゲルニカ」 です。



 この作品は多くの人々に衝撃を与え、人類史上、最も政治的な絵画となりました。

 スペインを引き裂いた内戦から生まれた 「ゲルニカ」 は、世界でもっとも有名な絵画の一つになりました。



 彼はフランコ将軍を生涯憎み、遺言により 「市民の諸権利が回復するまで」 作品がスペインに返還されることを拒み続けました。



 1975年のフランコ将軍の死後、1981年になって、ようやくスペインに返還されました。


 ピカソは言いました。



 「精神的な価値によって生き、かつ創造する芸術家は、人類や文明の最も本質的なものを危険にさらす戦争に無関心でいられないし、また無関心であってはならない」



 彼は 「ゲルニカ」 を描いた後も、戦争に対する強い抗議を、作品を通して行い続けました。

 絵画 「戦争」 と 「平和」 は1952年、南フランスのヴァロリストの教会に70歳の記念に描いた壁画です。



 ファシズムをやれば戦争になることは歴史が証明しています。


 僕たちの国日本も 「天皇制ファシズム」 とよばれる軍部の独裁がありました。



 日中戦争や太平洋戦争という限りなく大きな人権侵害を引き起こしていますね。


 差別により人を見下し、国の内外を問わず、罪もない人々を大量に殺害してきたのです。



 これほど人を人と見なさない行為があるでしょうか。



 スペインや日本は言うまでもなく、ドイツやイタリアも多くの犠牲者を出してしまいました。

 ピカソの絵は、今でも人間の自由と 「差別の残酷さ」 を訴え続けています。



 自らの美術作品を通して、人間の自由と平等をめざして、不合理な差別と闘った20世紀最大の芸術家の一人です。


 僕はピカソの生き方に大いに共感できるものがあり、世界史上の重要な人物の一人と考えています。



 そしてこれからも将来にわたって、長く人々の心に人権感覚の大切さを訴え続けていくのではないでしょうか。
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