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~上京した甥に東京をいばる知り合いの叔父~



 「うちの叔父さん、東京のこといばるんだよな」…大学進学の為に、北海道から上京した知り合いの黒田さん(仮名)のぼやきです。東京はすごい都会だろう、北海道は問題にならない。


 言外にこのような差別意識が感じられたのでしょう。彼の親戚ということで下宿も紹介してもらっていました。


  お世話になったとはいうものの、この叔父と甥の会話はそれほど楽しいものではなかったようです。


 詳細までは聞けませんでしたが、事あるごとに「東京は〇〇・・・」「東京は◎◎・・・」 という自慢話めいた発言が多かったようです。でも矛盾があります。


 叔父さんが住んでいるところは埼玉県です。近いけれど、東京都ではありません。さらにもう一つ矛盾がありました。


 叔父さんの話によると娘さん、つまり黒田さんの従妹は〇〇大学の2年生だということです。


 大学生なら誰もがその名を知る有名校です。いわゆる受験の難関校の一つですね。 僕や黒田さんの学力では到底及ばないと考えられます。


 しかも彼女と僕たちは同い年。僕も黒田さんも1年生です。浪人していたからですね。劣等感にさいなまれました。


 しかも彼は上京する前に実の父親、つまり叔父さんの兄から「お前が行く大学は、昔は×大と呼んでバカにしたものだ」と言われていたのでした。


 ところがです。後にわかったことですが、娘さん本人の話から、彼女は〇〇大学ではなく、名前が少し似た別の無名の大学生だったのだそうです。


 今から思うと、この叔父は地域差別と学歴差別の両方をやっていたと考えられます。そして黒田さんも僕も、彼の実の父親もみんな同じような差別意識を持っていたのですね。


 でも友達に恵まれたせいか、劣等感の割にはけっこう楽しくて有意義な学生生活を送ることができました。それから1年後、彼は下宿を出て、別のところに引っ越してしまいました。


 これは差別に対する抵抗あるいは闘いで、叔父に対する決別宣言だったのかも知れませんね。


 歴史上の人物で、地域差別と勇敢に闘った人がいます。アメリカ合衆国の自由と独立のために闘った立役者の一人、ベンジャミン・フランクリンです。


 今では世界に大きな影響を及ぼす大国として、あまりにも有名ですが、独立前はイギリスの植民地という立場で本国から差別的に扱われて見下されていました。


 独立戦争に際して 「植民地軍という呼びかたはよくないな。これからは大陸軍とよぶのはどうだろう」 と発言し、対等な精神で戦う準備をしました。


 第3回大陸会議では、ジェファソンとともに独立宣言を採択・公布しました。これをつぶそうとしたのはイギリスです。独立戦争になり、アメリカは大きく苦戦しました。


 何しろ相手は、世界最強といわれるイギリスの正規軍です。ゲリラ戦で善戦したものの、なかなか名実ともに独立を達成することは至難の業でした。


 ここで勝敗の決め手になる決定的な活動をしたのがフランクリンです。彼はフランスにわたり、国王ルイ15世に 「どうかわが国と同盟を」 と、独立をかけた援軍を要請しました。


 答えは 「フランクリンさん、あなたの国と同盟を結び援助しましょう」 勝負あった瞬間ですね。100年後、ニューヨークに 「自由の女神」 が登場します。


 フランスがアメリカ独立100周年を記念して贈ったものです。地域差別を乗り越えた勝利の象徴にも見えると感じるのは僕だけでしょうか。
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