7 フランクリン (1706年~1790年)




~自由と独立のためにルイ15世を動かしたアメリカの科学者~




 「身分ではなく、あの人は何ができるのかと聞くのがアメリカ人だ」 という言葉があります。


 これはベンジャミン・フランクリンが残した有名な言葉で、僕のとても好きな言葉の一つです。



 当時のヨーロッパではその人間に何ができるか、どう生きるかということよりも身分が大事だったということになりますね。

 つまり肩書や名誉にとらわれた生き方をする人たちが多かったということです。



 実は数年前までの僕もそうでした。



しかしこれは人間として自由に生きるためには、大きな障害になる考え方です。

 フランクリンはアメリカ合衆国の自由と独立のために闘った立役者の一人です。



 中学校や高校の教科書に出てこないため、ワシントンやジェファソンほど有名ではありませんが、独立にはなくてはならない鍵を握っていた人物だと僕は考えています。



 彼がいなければ、もしかしたらアメリカの独立はもっと遅くなり、イギリス軍によってたたきつぶされていたかもしれません。



 科学者としてのフランクリンは、雷が電気であることを証明するために嵐の日に凧 (たこ) をあげました。

 そして避雷針 (ひらいしん) を発明した人として知られています。



 また、政治や文学など、はば広く活躍しました。博学多才の人だったのですね。



 1775年、フィラデルフィアでの第2回大陸会議に、フランクリンはペンシルベニア代表として参加し、こう発言しています。



 「植民地軍というよび方はよくないな。

 これからは大陸軍とよぶのはどうだろう」



 この一言には、いつまでもイギリスの支配下に甘んじない自主独立の精神が凝縮されています。

 イギリス本国からの差別を乗り越えて、自由を勝ち取ろうとする気迫が伝わってきます。



 ジェファソンが起草した独立宣言をすばらしい名文と認め、1776年にはフィラデルフィアでの第3回大陸会議で、ジェファソンとともに独立宣言を採択・公布しました。



 しかし宣言はしたものの、もちろんイギリスはそれを認めず、武力でアメリカをつぶそうとしました。



 独立戦争は大きく苦戦していました。

 何しろ相手は、世界最強といわれるイギリスの正規軍です。



 ゲリラ戦で善戦したものの、なかなか名実ともに独立を達成することは至難の業でした。



 ここでフランクリンが大きな活躍をします。

 彼はフランスにわたり、国王ルイ15世に 「どうかわが国と同盟を」 と、独立をかけた援軍を要請したのでした。



 フランクリンの人柄や科学上の名声もあってのことか、彼はフランスで歓迎されました。



 そして1778年、2月6日、ルイ15世はついに 

 「フランクリンさん、あなたの国と同盟を結び援助しましょう」



 と述べ、つぶされかけていたアメリカが生き返ることになりました。



 勝負あった瞬間ですね。



 ニューヨークにある 「自由の女神」 は世界的に有名です。

 だれでも写真やテレビ、本などで一度は見たことがあるでしょう。



 あれはアメリカが作ったものではなく、独立100周年を記念して、フランスが贈ったものであることをご存知でしょうか。



 同盟当時72歳のフランクリンとフランスは、アメリカ独立にはなくてはならない鍵だったのです。


 そして自由と平等を旗印にして、世界中に大きな影響を現在も及ぼしています。



 僕はフランクリンは、高校の世界史の教科書で取り上げてほしい人物だと思っています。



 彼にもっと光をあてると、その人権意識・生き方から、もっと多くのことを学ぶことができるのではないでしょうか。
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