5 ロック (1632年~1704年)




~名誉革命に理論的根拠を与えたイギリスの思想家~




 ジョン・ロックほどいろいろな種類の教科書に出てくる人物もめずらしいでしょう。



 まず中学校の 「歴史」 および 「公民」、高校の 「世界史」 はもちろん 「現代社会」 でも、さらには 「倫理」 まで登場し、僕が知っているだけでも5種類にもおよびます。



 全国の中学生や高校生が必ず授業でお目にかかるこの人物は、いったいどんな人だったのでしょうか。



 ロックはイギリスのプロテスタントであるジェントリーの家庭に生まれました。

 ジェントリーというのは地主で、貴族と庶民の間に位置していました。



 彼は大学卒業後医者になりましたが、偶然にシャフツベリー伯爵という人を治療してその縁で伯爵の秘書になりました。

 このことがきっかけで、ロックはイギリスの政治の重要な人物になっていきました。



 当時のイギリスは政治的に激動の時代でした。



 ジェームス1世に始まるスチュアート王朝の王権神授説による議会無視の専制政治、1642年におこった清教徒革命、その後のクロムウェルの独裁と王政復古、さらには1688年におこった名誉革命など、目まぐるしい動きをしていました。



 このような中で名誉革命を支えたのがロックの思想です。



 ロックの思想の背景にはキリスト教の考え方がありました。



 たとえば基本的人権の一つである 「自由」 というのは人間が神から与えられているもので、何かのご褒美として人から与えられるものではないとしています。



 このようにキリスト教の教義をもとにして、所有権の不可侵、自由などの基本的人権、法の下の平等、生存権などを唱えました。



 このロックの思想が名誉革命後のイギリスの支配的な思想になります。



 イギリスではホッブズが自然状態を 「万人の万人に対する闘い」 ととらえて、国家主権の絶対性を主張していました。



 これに対してロックは、以下の通りです。


「人間は理性的動物である。

自由・平等な平和的状態こそ自然状態である」



不法な統治に対しては、人民は反抗の権利があると主張しました。



 人民は自然権の一部を代表者に委託するが、政府に対する革命権 (抵抗権) があるとしたのです。



 彼の結論の一つです。 



「国民の意に反した政府は変えてよい」 



 ロックの著書の一つである 「市民政府二論」 によると、人々は自由と所有とをよりよく維持するために、自然状態において彼らがもっていた平等・自由および執行権を社会に委ねているのです。



 だから 「社会の権力は公共の福祉を越えたところまで及ぶものではない」 と断言しています。



 しかし世界史をひもといてみるとどうでしょうか。



 権力欲にとりつかれたような自分勝手な専制政治、統一という名の人権侵害、統治という名の公共の福祉を越えた支配と差別が後を絶ちません。



 この意味で、ロックの思想は世界史を変えた重要な考え方だと思います。



 彼の思想は、後のフランス革命やアメリカ合衆国の独立などにきわめて大きな影響をおよぼすことになります。

 フランスの人権宣言やアメリカの独立宣言などは、ロックの思想そのものといってもいいくらいです。



 ただ注意しなければならないのは、これらの宣言などでうたわれている 「人間」 とか 「人」 という言葉はいったい誰をさしているのかということです。
 


 結論を言えば白人であり、キリスト教徒をさしているのです。



 別な言い方をすれば、白人以外の有色人種やキリスト教徒以外の人々は除外されているのです。



 このことは後におこった世界史上のさまざまな差別や人権侵害の事件が証明しており、現在まで続いている世界的な課題だと思います。
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