6 ドン・カルロス王子 (1545年 ~ 1568年)





~親の政略結婚の犠牲になって若死にしたスペイン王子~





 「政略結婚」 とは、結婚当事者の親などが自分の利益のために、当事者の意思を無視して結婚させることです。



 あるいは、自分の出世、または経済的利益だけを考えて、有利な配偶者と結婚することをいいます。




 古代から現代まで、数多くの事例がありますね。

 現在の日本でも心当たりはありませんか?




 とりわけ世界史上の中でも、ヨーロッパの名門ハプスブルク家は、この政略結婚が得意技で、広い領地を支配して大きな勢力をもっていました。




 政略結婚でうまくいって幸福になれる場合もありますが、基本的には別の目的のための「道具」 です。



 若い男女にとっては、自分たちの意思を無視されるわけですから、人権侵害がおこりやすく、それに伴う悲劇も数多く発生しています。




 典型的な具体例はスペイン・ハプスブルク家のフェリペ2世であり、その犠牲になったのは長男で王太子のドン・カルロス王子でしょう。




 背景には権力、財力、そして差別心があったことは明白です。




 フェリペ2世といえば、世界各地に広大な植民地を持ち、「太陽の沈まぬ国」 と豪語した、スペインの黄金時代に君臨した国王です。




 フェリペが政略結婚をさせられたのは、16歳のときです。




 お相手は、ポルトガル王女マリア・マヌエラでした。

 彼女もまた16歳で、いとこ同士だったのです。




 現在の日本でいえば、高校1年生の年齢にあたりますね。

 1545年、2人の間に長男として生まれたのがドン・カルロス王子でした。




 マドリードの北西にあるバリャドリードで生まれています。

 ハプスブルク家は王家の純潔を守るために、近親結婚が慣例となっていました。




 「一般の国民とは違うのだ」


 こう言っているような、上から目線の差別心が見え見えですね。




 しかし、このような結婚を代々くり返していると、不幸が訪れやすくなることも医学的にわかっています。



 まず、幼い母のマリアは産後の経過が思わしくなく、すぐに死んでしまいました。




 そして生まれてきた王子も、最初から病的な心身の持ち主だったのです。

 乳母に凶暴に噛みついて、3人もの乳母にひどい傷を負わせました。




 異常なほどに物を食べるのに、どういうわけか成長が遅く、いつまでも片言の言葉しか口にしませんでした。



 動物を引き裂いたり、生きたまま焼き殺したり、ときにはナイフで人を襲ったりもするなど、手に負えない行動が目立ちました。




 残忍さは大人になるにつれてひどくなり、宮廷で若い娘を追いかけまわして乱暴したり、町で美しい娘を見かけると、誰の目も気にせず犯したという話も伝わっています。




 被害妄想が大きく、ベッドにも銃をもって入っていました。

 その寝室は一種の要塞のようになっていて、扉の開閉にも細工がしてあったといいます。




 当時のボヘミア大使の手紙による報告です。

 「カルロスは肩の高さが違い、右足が左足より長く、頭が大きすぎる。




 胸はくぼみ、背中にこぶがある。まるで子どものような愚かしい質問ばかりする。


 高尚なことに興味を示したことがなく、食べることにしか関心がない。




 際限なく食べ続けているので、よくいろいろな病気にかかり、顔色もひどく悪い」




 さすがに父親のフェリペ2世は、素行を改めるよう口を酸っぱくしていさめましたが、かえって逆らうだけでした。




 最後は父に反逆して、ネーデルランドに行こうとして逮捕監禁され、エスコリアル宮殿に幽閉されました。




 そこで23歳という若さで、生涯を終えたのです。




 ドン・カルロス王子の一生は、いったい何だったのでしょうか。




 もっと王室が国民に解放され、国民の立場に立つことができれば、これらの不幸を防ぐことができたのではないでしょうか。
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