5 エイミー・ロブサート (1532年 ~ 1560年)






~国王と夫の狭間で不審死したイギリスの名門貴族夫人~






 国王とは、イギリスの女王エリザベス1世です。

 夫とは、名門貴族ロバート・ダドリーです。




 不審死とは、ダドリーの妻エイミー・ロブサートが自宅の2階から落下し、首の骨を折って死亡した事件です。




 公式にはこれは事故死として発表されましたが、ほとんどの国民は事故死とは考えませんでした。




 エリザベス1世とダドリーは愛人関係にあり、この2人の意向を受けて、何者かが妻エイミーを暗殺したのではないかといわれています。





 背景には権力と心労、愛欲、財産、差別などが複雑に絡み合っているのではないでしょうか。




 1532年、エイミーはノーフォーク郡の大地主ジョン・ロブサート卿の一人娘として生まれています。




 莫大な資産の相続人でもありました。



 1550年、彼女が18歳のとき、ダドリーと結婚します。





 お相手のダドリーは名家であるノーサンバーランド公爵の息子で、政治的手腕にすぐれ、後にレスター伯爵になった実力者でもありました。





 互いに名門貴族なのですが、権力という点では国王にはかないませんね。

 1560年、女王エリザベス1世とダドリーは熱烈な恋愛関係になります。





 エリザベスは独身ですが、ダドリーは妻帯者。

 つまり、不倫関係になったということです。





 エリザベスは世界史上、あまりにも有名な女王ですね。





 聡明で、国民にも人気がありました。




当時世界最強といわれていたスペインの無敵艦隊を破って、イギリスを世界の中心的国家にしたことはよく知られています。





 生涯独身を通したので、「処女王」 ともよばれました。

 しかしその反面、「好色」 という相反する別の顔ももっていました。





 まず、国王になる前の14歳のときに初体験をします。

 相手は25も年上の養父トーマス・シーモア卿です。





 これも不倫で、シーモア卿の妻により、一時宮殿から追い出されたことがありました。





 25歳で国王になってからは、さらに次々に複数の男性に手を出しました。





中でもロバート・ダドリーとの熱々の関係は公衆の面前でもおかまいなしで、国の内外を問わず広く知られることになったのです。





 エリザベスは一日中ダドリーの部屋に入り浸り、これにはさすがに国民から非難の声が上がりました。





 夜ごとに寝室をともにし、秘かにダドリーの子を妊娠、出産もしています。


 生まれた子はアーサー・ダドリーの名で、ダドリーの「私生児」 として扱われました。





 不適切な男女関係の噂はどんどん広がり、国民だけでなく、外国の大使までもが次のような情報を自国に送っているのです。



「女王とダドリーが、エイミーの殺害を企てている」



 妻のエイミーは毒殺の噂を恐れてうろたえています。

 「神よ、私を絶望からお救いください」





毎日のように祈り、ノイローゼ状態になりました。





 料理も食べる前に、まず飼い犬に投げ与えてみるという用心をしていました。

 同じ年の1560年9月、ついに事件がおこります。





 エイミーを毒殺したのは、エリザベスの信頼厚い医師のロペスだ、という説に説得力があると僕は考えています。





 事件後、ロペスはなぜか処刑されているのです。


 口封じではないでしょうか。





 また、ダドリーは妻が死んでも悲しみを見せる様子もなく、自宅にも駆けつけず、葬儀にも出席しませんでした。





 これで夫婦といえるのでしょうか。





 共同完全犯罪の状況的な証拠はまだたくさんありますが、決定的な証拠がなく、限りなく黒に近い灰色のまま現在に至っています。





 それにしてもエイミーは、死ぬ前に何とかこの地獄のような状態から解放される方法はなかったのでしょうか。





 肩書にこだわった名門貴族の悲しき末路を見るようなできごとですね。





 この事件は、後世に生きる僕たちに何を語りかけているのでしょうか。
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