2 コロンブス (1451年 ~ 1506年)





~富と権威を手にして失政で見放されたイタリアの探検家~





 小学生や中学生にも広く知られている、世界史上の有名人ですね。



 勇気あるすぐれた探検家として、当時誰もが怖がってやらなかった、大西洋横断という偉業を成し遂げました。



 彼がヨーロッパにもたらした最大の収穫は、ジャガイモとトウモロコシです。

 飢饉(ききん) のときに、多くの人々を飢えから救うことができました。




 しかし、この偉人の姿はヨーロッパ側から見たもので、視点を変え、立ち位置を変えてみると意外な姿が浮かび上がってきます。




 まず、なぜかコロンブスは自分の出身、経歴を語ろうとしませんでした。




 一説によると、祖先がユダヤ系のスペイン人の移民で、イタリアのジェノバで生まれ、迫害を恐れたために語らなかったといいます。




 僕も何らかの被差別の立場にあったのではないかという想像はできますが、その他にも諸説があり真相は不明です。




 彼がねらったのは、インドのスパイスとジパングの黄金です。


 ジパングとは日本のことですね。




 マルコ・ポーロによって、すでに僕たちの日本は黄金の国「ジパング」 としてヨーロッパに紹介されていました。




 JAPAN(ジャパン) の語源でもあります。




 当時のヨーロッパではスパイスは必需品でした。

 冷蔵庫というものがまだなく、平均して日本人の4倍にも達する肉の摂取量です。




 肉の保存にはなくてはならないものだったのですね。

 だからインドは魅力的なのです。




 トスカネリの地球球体説を信じました。

 「大西洋を西へ西へと向かえば、地球を一周しながらインドやジパングに行ける」




 ところが、ポルトガルのジョアン2世に援助を進言しましたが拒否されてしまいました。




 それでもあきらめません。

 ポルトガルがだめなら隣のスペインです。




 1486年、イサベラ女王と3度も面会して、やっと航海の実施を認めてもらいました。

 このときコロンブスが示した条件は、以下の通りです。




「世襲制としての提督の地位、あるいは終身職として副王にして提督の地位、新しく発見された地域から得られる利益の10分の1を得る」




 これがコロンブスの目的ですね。


 相当な強気です。




 1492年、ついに新しい土地を発見し、一方的に植民地にしました。




 彼が死ぬまでインドの一部だと思っていたこの土地は、アメリカ大陸とその近くの島々だったのです。



 先住民が今でもインディアン、インディオなどと呼ばれるのは、このときのコロンブスのまちがいによるものです。




 島々も、西インド諸島と呼ばれています。

 しかし、先住民の立場に立てば、これは発見ではなく侵略でしょう。




 現在のドミニカとハイチがあるエスパニョーラ島は、コロンブスが統治しています。




 ところが、当初300~400万人だった島の人口は、3年間でわずか100万人に激減しているのです。




 この数字はいったい何を物語っているのでしょうか。




 強制労働で生き残った者は容赦なく捕え、奴隷にして本国に送り返してもいます。

 先住民の人々の、心の底からの悲痛な叫び声が聞こえてきそうですね。




 彼らにとって、コロンブスの大航海とはいったい何だったのでしょうか。

 結局、スパイスや黄金は見つかりませんでした。




 梅毒というありがたくない病気がヨーロッパにもたらされたのもこのときです。

 1500年、スペイン王室はついにコロンブスの逮捕に踏み切ります。




 罪状は次のようなものでした。

「船員に対する過重労働強制、先住民に対する不当な戦争を仕掛けた」




 彼の栄光は一時的なものでした。




 その後、再び航海を認めてもらったものの成果が出ず、最後は王への目通りも許されなくなり、失意のどん底の中で心臓病で亡くなりました。




 この逮捕、失意の根本的な原因は、差別心にありますね。




 まちがいなく言えることは、イタリア人もスペイン人もアメリカの先住民も、みんな同じ人間であるということです。
 



 コロンブスが差別心から解放され、アメリカの先住民たちに敬意をもって、対等な人間として付き合っていれば、もっと明るい違った世界が開けたのではないでしょうか。
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