1 アウグストゥス (前63年 ~ 後14年)





~権力と身内の問題で悩み続けたローマの初代皇帝~





 人間の欲望には、限りがありません。




 一旦欲望を満たして満足しても、また新たな欲望が湧いてきて、結局満足できないということの繰り返しがよくおこります。




 どこかでコントロールしないと、結局不幸な人生を送ることになります。


 オクタビアヌスは、この典型的な例になる生き方をした人ではないでしょうか。




 栄光と権力を手にして、アウグストゥス (尊厳者) とまで呼ばれました。




 しかし、子孫に代々これを受け継がせるという、新たな欲望が満たされない心労に振り回されたのです。




 最後は妻に毒殺される、という悲惨な末路をたどってしまいました。


 高校の教科書でもおなじみの、この世界史上の有名人にいったい何があったのでしょうか。




 紀元前27年、共和政ローマはアウグストゥスにより、帝政に変化しました。

 ローマ帝国の誕生ですね。




 彼はプリンケペス(市民の中の第一人者) という称号も持ち、政治では共和政の形を残しましたが、事実上の独裁者になったのです。




 それまでの数々の戦争に勝ち、頂点に登った勝利者になりました。




 しかし、彼の次の新たなる願いは、この地位と権力を自分の子孫に長く末代までも継がせていきたい、ということでした。




 アウグストゥスは息子のドルーススをかわいがり、後継ぎにしようと考えていました。

 すでに20歳で将軍になり、有望な後継者だったわけです。




 ところが、戦闘中の落馬であっけなく亡くなってしまったのです。

 息子の死の知らせに、アウグストゥスが極めて強い衝撃を受けたことは言うまでもありません。




 大きな挫折感を味わいました。




 そこで、頼みは娘のユリアです。

 娘が子を産むのを待って、生まれた子を後継者にしようとしたのです。




 しかし、この娘ユリアはなかなか父の思うようにはなりませんでした。

 活発で毒舌好きで色気にあふれた少女で、父アウグストゥスも可愛がっていました。




 14歳で自分の姉オクタビアの子マルケスと結婚させましたが、マルケスは不運にも早々と亡くなってしまいました。




 自分の娘と甥の結婚なので、血統が続くと読んでいたのでしょう。


 また、挫折ですね。




 ユリアは手当たり次第にいろいろな男とかかわり、その情事を皆にしゃべり歩いたのです。




 アウグストゥスが次に打った手は、自分が最も信頼していた名将アグリッパに18歳の娘ユリアを託したのでした。




 42歳のアグリッパにはすでに貞節な妻がいましたが、皇帝の権威で離婚を命じて強引に結婚させたのでした。




 こうなると、ユリアはアウグストゥスの道具のようなものですね。


 彼女の人権は、明らかに侵害されています。




 5人の子どもが生まれましたが、8年後にアグリッパが死に、ユリアはまた派手に男遊びを始めたのです。




 強引な父親の権力に対する、精いっぱいの抵抗だったのかもしれませんね。




 あきらめないアウグストゥスは、ユリアに3度目の結婚を命じます。

 相手は、遠戚にあたるティベリウスという男です。




 しかし、不運はさらに続きました。

 後継者として考えていた二人の孫ガイウスとルキウスが、ともに若死にしてしまいました。




 ユリアはここでも悪妻ぶりを発揮して、またしてもご乱行の始末。




 「万事休す」 ですね。




 落胆したアウグストゥスは、ユリアをロードス島に追放し、結局自分とは直接血縁関係のないティベリウスを後継者にしました。




 西暦14年、心労に振り回され続けたアウグストゥスは、ついに死亡します。

 死因は、自身の3度目の妻リビアが好物のイチジクに盛った毒です。




 つまり、毒殺ですね。




 彼と彼の家族たちにとって、権力とはいったい何だったのでしょうか。
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