2 ペテロ ( ? ~64年) 



~外国人差別を解放した初代ローマ教皇~




 イエス=キリストの直接の弟子は、全部で12人いました。

 その中で最もイエスと関係深い人物はペテロだと思います。



 生前のイエスを深く敬愛し、多くの行動を共にし、直接教えを受けて、正しく伝道した人物ではないでしょうか。

 彼は初代のローマ教皇といわれています。



 現在まで250代以上の、実に多くの人物が就任しているローマ教皇は、このペテロの後継者という位置づけになっています。



 イタリアのローマ市内にある、バチカン市国のサン・ピエトロ聖堂には、現在もローマ教皇が住んでいます。

 この聖堂はペテロの墓の上に建てられています。



 ペテロは、たとえばイエスのこんな言葉を伝えています。



 「イエスはいわれた。

 目には目をという考えはおすてなさい。



 あなたの敵を愛しなさい。

 あなたを苦しめる者のために祈りなさい。



 左のほおをぶたれたら、右のほおをさしだすのです。」




 何と愛に満ち満ちた考え方でしょう。




 そこに恐ろしいほどの強さを感じるのは僕だけでしょうか。




 またペテロは、キリスト教を禁止していた当時のローマ帝国の役人に捕えられそうになったときに、恐れおののいている信者たちを前にこう言っています。




 「うろたえるでない。

 イエスさまはいわれた。

 剣によって立つものは剣によって滅びると…。」




 このことが事実であることは、その後の数々の世界史が見事に証明していますね。

 力によって立つものが、力によって滅ぼされたという事例は枚挙にいとまがありません。




 現在、権力ではばをきかせている人たちも、いつか権力によってつぶされるときが来るのでしょうか。




 当時のユダヤ教では、ユダヤ人が外国人と食事をすることは律法で禁じられていました。

 このことを仲間から指摘されたとき、ペテロはこう答えました。




 「ご承知のとおり、ユダヤ人が外国人の仲間に入ったり、訪問したりするのは律法にかなわないことです。



 しかし神はわたしに幻を示して、外国人だからといって区別をしてはならないと教えてくださいました。

 どこの国の人でも、神を信じる正しい人ならば神に受け入れられるのです。」




 これは 「外国人差別」 から解放される、ペテロの大事な考え方だと僕は思います。




 しかし、ペテロが生きた時代も、権力者たちはキリスト教を迫害しました。


 その代表人物は、ローマ帝国屈指の暴君として有名なネロ帝ですね。



 キリスト教徒たちを捕えてライオンのえさにしたり、ローマの町を火事で焼いてキリスト教徒のせいにしたり、火あぶりの刑で殺したりするなど、おそろしい迫害を次々に繰り返しました。




 やりたい放題です。




 キリスト教徒たちは、この迫害を逃れるために地下にカタコンベという集会所をつくり、密かに信仰を続けて礼拝をしていました。




 ネロ帝の命令により、ペテロもついに捕えられてしましいます。



 彼はイエスと同じように、取り乱すことなく捕えられたと伝えられています。

 純粋な信仰の強みを持っている人だからこそできることなのかもしれません。



 ただペテロは処刑されるにあたっては、イエスと同じ姿で十字架にかけられることを拒み、逆さで処刑されたといわれています。



 後に、処刑をしたネロ帝は国内の反乱に悩み、最後は自殺に追い込まれています。



 剣によって立つものが、剣によって滅びた瞬間です。



 結局、歴代のローマ皇帝がいくら迫害をくりかえしても、信者は減るどころかどんどん増え続けていったのですね。

 そしてついに313年、コンスタンティヌス帝により、ローマ帝国でキリスト教が公認されました。




 ペテロは常に多くの貧しい人々の立場に立ち、差別から解放される生き方をしていたのです。



 魅力ある生き方だからこそ、たくさんの信者がふえ続けたのではないでしょうか。


スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://eichi862.blog.fc2.com/tb.php/10-0c9782e1