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第5集への中間報告6   3uwl1b


こんにちは。

 第5集への準備は、まだ予定全体の約5分の1ほど進んでいるところです。相変わらずのナメクジペース。まだまだですね。 のんびりとゆっくり引き続き取り組んでいきます。


 6回目の中間報告になりました。今回も歴史や人権などに関するできごとで、最近僕が感じた雑感などを 「場つなぎのためのミニ記事」 として簡単に紹介していきます。



             場つなぎのためのミニ記事6



今回は石山春平(いしやまはるへい)さんを紹介します。


ご存知の方はそれほど多くないのではないかと思います。ハンセン病回復者であることをカミングアウトし、全国でハンセン病問題の啓発活動を行っていらっしゃる方です。


ハンセン病は古くは「らい」と呼ばれ、顔や手足など一目でわかる身体的障がいが出るため、当事者は深刻な偏見、差別を受けてきました。


「らい予防法」という間違った法律が平成8年に廃止されるまで続いていたのです。「強制隔離」が行われ、子孫を断つ断種、子供を強制的に中絶、監房へのとじこめなど、言語道断の人権侵害が全国で行われていました。


感染力は弱く、遺伝する病気ではありません。しかし、回復しても身体的障がいが残るため、現在でも1,300人もの人々が故郷に帰ったり社会復帰をしないで国立療養所や施設に入所しています。


ハンセン病に対する根強い偏見や差別への不安があるからです。


石山さんは小学校6年生のときにハンセン病と診断され、その後15年間、静岡県にある神山復生病院で過ごしました。


発病したと診断されるが否や、当時の学級担任から「明日から学校へは来るな」と言われたそうです。石山さんの机と椅子は無残にも学校の焼却炉で焼かれてしまいました。


僕がさらに愕然(がくぜん)としたのは、彼の卒業証書がないばかりか、6年間在籍していた小学校の全出席記録まですべて抹消されてしまったことです。


「いるのにいないことにされた」 わけですね。これは現在でも他の差別にもよく見られる典型的な「排除の差別」です。


それでも勇気を出して、差別に負けずに啓発活動を行っている石山さんのお元気な姿には、深い共感を覚えます。


ご結婚もされ、奥さんとお子さんもいらっしゃいます。当事者の話には説得力があります。足も不自由で、奥さんに手を取られながらゆっくりと演壇に上られました。先日講演会でお会いできて本当に良かったと思います。


2019年11月15日「ハンセン病元患者家族に対する補償金の支給等に関する法律」が国会で成立しました。やっと光が見え始めてきたと感じずにはいられません。


このハンセン病にはもっと多くの人々の理解と協力、課題の共有が必要と確信します。自分には何ができるのか、これからも考え続けていきたいです。
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第5集への中間報告5   3uwl1b


こんにちは。

 第5集への準備は、前回からほんの1ページ分くらい進んだだけです。カメどころか、まるでナメクジのようなスピードになってしまいました。 引き続き焦らずにじっくりと取り組もうと思います。

 5回目の中間報告になりました。併せて歴史や人権などに関するできごとで、最近僕が感じた雑感などを 「場つなぎのためのミニ記事」 として簡単に紹介していきます。



             場つなぎのためのミニ記事5



今回は石川早智子(いしかわさちこ) さんを紹介します。
狭山事件をご存知の方はよく知っていらっしゃるかと思います。前回紹介した石川一雄さんの奥さんです。

数年前の徳島新聞の記事から彼女を紹介する文を一部抜粋しました。


                   ◇


 「逃げていても差別はなくならない」 と獄中から訴える男性のメッセージに心を動かされた。男性は自分と同じ境遇の被差別部落出身。刑務所で文字を覚え、「部落差別による冤罪だ」と主張していた。

 熱い思いが込み上げた。就職後も出身地を隠し続け、殻に閉じこもりがちだった「自分」 と決別しようと思った。「心を解き放てば、人を信じられる。自分も変われる」

 男性は、埼玉県狭山市で女子高校生が殺害された狭山事件で犯人とされ、服役していた石川一雄さん。勤務先の労働組合の活動で一雄さんの支援活動に加わった直後だった。

 一雄さんが仮釈放された翌年の1995年、徳島市で開かれた集会で一雄さんと初めて会った。

 96年夏には阿波踊り見物に招いた。海水浴をしたことがないという一雄さんを松茂町の月見ケ丘海水浴場に連れて行くと、体全体で無邪気に喜んだ。「この人ともっと喜びや感動を分かち合いたい」。 そんな気持ちが自然と湧き上がった。

 仮釈放から2年後の96年12月21日に結婚した。きちょうめんできれい好きな一雄さんと、おおらかで社交的な早智子さん。性格は違えど、目指す方向は同じだ。

  家事は分担しており、掃除、洗濯、アイロン掛けは一雄さんの担当。「私がすると荒っぽいので嫌がられるんですよ」と笑う。

 結婚前から飼っていた2匹の犬が、一昨年1月と今月5日に死んでしまった。家族の一員だっただけに、一日も早く無実の罪を晴らして天国に報告するつもりだ。

 狭山市で一雄さんと2人で暮らす。              (徳島新聞 特集記事)


                  ◇
 

 先日もご夫婦で新潟県に来県されました。夫の一雄さんは80歳。このご年齢で元気よく活動できるのは、早智子さんあってのことだと思います。いつも一緒に二人三脚で全国をかけまわり、無実を訴え続けています。

 やってもいないのに殺人犯にされる。こんな悔しいことがあるでしょうか。今後とも絶対にあってはならない冤罪(えんざい) です。

 延々と50数年、極めて腰の重い裁判所と検察庁。狭山事件の再審は、一日も早く開始されるべきです。

 東京の日比谷では、今年の10月31日に再審を求める2,760人が参加した集会が行われています。この事実はどのマスコミに取り上げられたでしょうか。
第5集への中間報告4   3uwl1b



こんにちは。

第5集への準備は足踏み状態が続いています。

まるでカメのようになってしまいました。


僕のブログを読んでくださる方々には申し訳ありません。

スピードよりも質を大切にしたいので、引き続き焦らずにじっくりと取り組もうと思います。



4回目の中間報告になりました。

併せて歴史や人権などに関するできごとで、最近僕が感じた雑感などを 「場つなぎのためのミニ記事」 として簡単に紹介していきます。



             場つなぎのためのミニ記事4



今回は石川一雄(いしかわかずお) さんを紹介します。

狭山事件をご存知の方はよく知っていらっしゃるかと思います。


なぜ石川さんなのでしょうか。

僕の予想では、彼は将来歴史上の重要人物として、中学校や高校の公民、現代社会、政治経済などの教科書や資料集などをはじめ、他の科目でも幅広く公開されることになると思うからです。


 命をかけて冤罪(えんざい) と闘い続けた人として日本史上でも欠かせない人物になるでしょう。

 狭山事件というのは1963年、埼玉県狭山市で起きた女子高校生殺人事件です。
 

 本当に痛ましいことですね。


 罪もない女子生徒が行方不明になり、脅迫状が届けられ、警察は身代金を取りに来た犯人を40人もの警官が張り込みながら取り逃がし、生徒は遺体となって発見されたのでした。


 警察に対して世論の非難が集まり、捜査を進めながら早期の解決を目指しました。

 付近の被差別部落に見込み調査を集中し、犯人としてなんら証拠も見当たらない石川一雄さん(当時24歳) を逮捕したのでした。

 
 これには地域住民の一部の 「あんなことをするのは部落民にちがいない」 という差別意識やマスコミによる差別報道も影響があったと考えられます。


 あれから50年以上、気の遠くなるような長い月日が経っています。


 裁判所の判決は無期懲役。

 これは誤審以外の何物でもありません。


 30年以上の獄中生活を経て仮釈放中の石川さんは、2019年の現在まで一貫して無実を訴え続け、東京高等裁判所に再審を要請しています。


 無罪の証拠が200点以上にも及んでいます。

 だいいち、当時字の読み書きができなかった彼が、脅迫状など書けるわけがありません。


 字を覚えたのは逮捕後の獄中であったからです。

 この1点だけでも誰が見ても石川さんの無罪は明白です。


 全国でも心あるたくさんの人々が石川さんの支援を続け、僕も正しいと思うから微力ながら応援しています。


 この刑事裁判はやり直し。

 再審は一日も早く行われるべきです。


 本日10月5日、僕が居住する新潟県で県内の人権啓発団体主催の研究集会が開催されます。

 この集会に石川さん本人がおいでになる予定なので、僕も参加して狭山事件の最新情報を知るとともに、彼を引き続き応援していこうと思います。


 それでは早速行ってまいります。
第5集への中間報告3   3uwl1b


こんにちは。


前回から1か月経ちましたが、準備は予定の約5分の1から全く進んでいません。この1か月は公私ともに多忙でした。 焦らずにじっくりと取り組もうと思います。



3回目の中間報告になりました。併せて歴史や人権などに関するできごとで、最近僕が感じた雑感などを 「場つなぎのためのミニ記事」 として簡単に紹介していきます。




             場つなぎのためのミニ記事3




 今回は僕が数年前に衝撃を受けた新聞記事を紹介します。平成27年10月26日(月)に発行された毎日新聞の一面記事です。



タイトルは「13歳 恐れていた闇」 サブタイトルは「ネパール 根強い性差別」 です。


記事の場所にはスンニタ・コリさんという13歳の少女の写真とネパールのサラダ村という村の地図が掲載されていました。以下は記事の原文です。

                      ◇

「生理なんて、一生こなければよかったのに」初潮を迎えたばかりの13歳の少女が自分の体に絶望していた。血を不浄とするヒンズー教の考えに迷信が重なり、生理中の女性は家族と離れ、狭くて暗い「生理小屋」での寝泊まりを強いられる。アジア最貧国の一つで、宗教的、伝統的に性差別が根強く残るネパールの山村で、生理中の女性を隔離する「チャウパディ慣習」が少女たちを苦しめている。
 習慣が残るのは、開発が遅れているとされる極西部や中西部の山村。村人は「小屋に入らなければ神様が怒って悪いことが起きる」と恐れる。電気も水道もないドティ地区サラダ村では、約60軒のほとんどの家に生理小屋がある。家畜小屋として使われることもある小屋の衛生状態は悪い。
 村の学校に通うスンニタ・コリさん(13)は4日前、初潮が来たことに気付いた。年上の少女らが、夜の闇におびえながら小屋で過ごすのを見てきた。母親に「小屋に入りたくない」と泣いて頼んだが、「神様に怒られるから」と聞いてもらえなかった。「初潮がうれしいなんてとんでもない。けがれたって言われるのよ。もう元には戻れれないんだから」
 
 ネパールでは、少女が性差別にさらされ、人身売買の被害にあったり、十分に勉強できないまま10代で結婚や出産を迫られたりする。社会に翻弄される彼女たちの姿をリポートする。
【文・竹内彩、写真・幾島健太郎】 (社会面に連載「少女たちの祈り」)

                      ◇

  
この記事を読むと、僕は 「悪意なき差別者」 という言葉を思い出します。根強い伝統や習慣が差別に気付かせないのですね。


 この出来事は他人事だとは思えません。


日本の大相撲で、仕事であっても土俵に女性をあげようとしないのはなぜなのでしょうか。

いまだに女人禁制の山があるのはなぜなのでしょうか。


 まちがいなく言えることは 「人間は男女ともすべて女性から生まれてきた」 ということです。